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今日から開幕ですが・・

2010年06月11日 18:29

本日よりFIFAワールドカップ南アフリカ大会が開幕です。
どのチャンネルもそぉ報道されておりますが
山本はまったくといっていいほど知りません。
カカとメッシとなんとかロナウド。以上終了です。
なので南アフリカワインのお話を。

2000年を過ぎるあたりからよく見かけるようになったワインですが
歴史は割と古く列強諸国の植民地政策に始まります。
コイ人やサン人、そしてバンツー系黒人諸民族が暮らしていたアフリカ大陸南部のケープ地方に
、ヨーロッパ人がやってきたのは1652年のことでした。
その数年後にはワイン用ブドウが植えられています。つまり、南アフリカにおけるワイン生産の歴史は、
すでに300年を超えているのです。
 少数のヨーロッパ人が入植した南アフリカは、あれよあれよという間に白人が支配する国になってしまいました。
最初はオランダ系農民(イギリス人から差別的呼称としてボーア人と呼ばれた人たちで、
その子孫がアフリカーナーです)が大部分でしたが、宗教的理由から故郷を捨てたユグノー(カルバン派キリスト教のフランス人)も、ワイン生産の技術を携えて入植しました。
当時の世界でもっとも有名で、誰もが欲しいと思ったワインの1つに「コンスタンシア」というワインがありました。この南アフリカ産ワインは、ナポレオンがセントヘレナ島に幽閉されている時に、
このワインを南アフリカから取り寄せいていた、という逸話があります。
この「コンスタンシア」が初めて作られたのは1685年。シャンパンはまだ発泡酒ではなく普通の白ワインだったし
ボルドーのワインはロゼだった。そんな時代に「世界最高」と言われたのは南半球の甘口ワインだった。
なんていいますと順風満帆に聞こえますが後に暗黒の時代が到来します。
アパルトヘイト政策。
ヨーロッパから来た農民達のワイン生産技術+ケープ地方の自然(典型的な地中海性気候)+アパルトヘイトによって低賃金労働を強いられた黒人の農業労働者、によって生み出されたものなのです。
ワインは典型的なアパルトヘイト商品として、1994年以前は欧米各国、日本などで敬遠されました。
当然、南アワインの品質は低迷し、生産の多くは他国でブレンド原料となる安物のワインが占めたのです。
 しかし、1994年の春、ついに全人種参加の制憲議会選挙が実施され、
黒人のネルソン・マンデラ氏が大統領に就任してアパルトヘイト体制は崩壊しました。
その後、堰を切るようにして欧米からのワイン受注が増加し、資本参加、技術協力も進んで、
質量ともに飛躍的に向上しました。
南アワインの高品質化は、まさにアパルトヘイト解体の賜物といえるでしょう。

長い・・・
読んでくれた方、ありがとうございました。
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