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大文字

2010年08月16日 18:16

夏の風物詩として有名な大文字の送り火ですが、その起源や由来が謎に包まれている事は意外と知られていません。長らく日本の首都であった平安京では、そのほとんどの行事や風物は朝廷などによる公式な記録が残っていますが、大文字の送り火については、そのような公式記録がなく、「いつ、だれが、何のために」始めたのかは、謎のままになっています。「あくまでも民衆による自発的な行為だったので記録されなかったのでは」とも言われていますが、今でも現代人の目を惹く大文字、昔の人々にとっては、さぞかし夏の夜の一大パノラマだったでしょう。

もともとお盆とは中国から伝来された仏教行事のひとつ盂蘭盆(うらぼん)の略で、日本では盂蘭盆会(うらぼんえ)とも言われています。語源は梵語のウランボーナで、逆さ吊りの苦しみをあらわします。ある時、釈迦の十六弟子の一人である目連は、自分の生母が餓鬼道に落ち、逆さ吊りに苦しんでいる事を霊感しました。そこで7世代前までの父母の霊を救うために百種の供物をしたというのが盂蘭盆の始まりとされています。実際の盂蘭盆は中国では6世紀に梁の武帝が初めて執り行い、日本では7世(657)に齋明天皇が初めて行ったと日本書紀に伝えられています。もともと日本は、世界の中でも祖先崇拝の強いところだった、と日本神話の研究などから考えられており、以前から行われていた祖先供養の行事に盂蘭盆が加わり、日本独特のお盆行事へ変化していったと考えられています。
8月13日に迎え火を燃やし祖先の霊を我が家に迎え、15日か16日に送り火を燃やし祖先の霊が黄泉の国(よみのくに)へと帰るのを送るのが日本でのお盆の習わしで、15日がお盆当日となります。この迎え火と送り火の事を、おもに門辺で燃やしていたところから門火と言います。大文字の送り火も、この門火のひとつとされています。
京のお盆の様子を伝える文献は戦国時代から見受けられますが、大文字の送り火については、公家の舟橋秀腎の日記「慶長目件録」の慶長八年(1603年)の7月16日のところに「鴨川に出て山々の送り火を見物した」と記されているのが最初となります。ただここでも「寄り道がてらに見物した」ようにうかがえ、いつから始まったとは書かれておらず、この時にはすでに、お盆の風物詩となっていたかのような感じを受けます。1600年代半ばになると、関ヶ原の合戦も終わり、すっかり天下大平となった日本では一大旅行ブームが起こります。江戸では多くの旅行案内書が出回るようになり、その中に「大文字の送り火」が数多く登場してきます。しかし、この時にはすでに、大文字の起源は謎になっており、
弘法大師説や足利義政説などあるようです。

本日の20時より始まります。
残念ながら当店からは見えませんがご覧になられた後にぜひお立ち寄りくださいませ。
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